国際児童画展のあゆみ
≪オランダから 20 年間絵が送られてきました≫ Tielemans さんが日本へ来られたのは 1992 年「第一回世界盲人マラソン大会」の盲人ランナー伴走者として でした。マラソンが何より好きだという彼は、実は中学校の美術の先生で、日本の子ども達との絵画交流を切 望していました。帰国後「絵画交流をしたい」「同じテーマで絵を描いてはどうだろうか」と熱心な手紙が私 の勤務していた港区国際協会へ届きました。しかし、港区では実現しませんでした。その後、私は協会を退職 し⻘葉国際交流ラウンジの窓⼝スタッフとなりました。ラウンジは 1996 年の移転直後で、初めての「ラウン ジまつり」に新しい企画を必要としていました。ちょうどカナガワビエンナーレ国際児童画展で閲覧された絵 やさまざまな所から子どもたちの絵が集まっており、各国から帰国した部会員も多くいました。児童画交流の 提案が国際児童画展となったのは、まさに機会と偶然だったのです。それから 20 年!彼から途切れることな くオランダの子どもたちの絵が届きました。これほど⻑く児童画展を続けてこられたのは、彼の熱意と努力、 そしてラウンジのみなさんの児童画展への思いがなせることと感謝しています。 永島悦子
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